納得の父の命式
私の父の日干は、ここにも記した通り、夫の母と同じ癸亥。残って長生きしてるほうが両方ともこの日干なんて因果なものです。
実は先日、父が急にまっすぐ歩けなくなったから大きな病院で検査してくると言い始めたため、私も同行しました。
結果、「慢性硬膜下血種」でその日のうちに手術。そのまま入院という流れになりました。頭蓋骨に穴をあけそこから水を抜く手術。
頭にドリルで穴をあけるって言ったらどんな大変なことかと思うけど、なんと金曜日に手術して月曜日には退院です。なんともすごいですよね。
父はとてもプライドが高く、絶対に人様に面倒を見てもらうなんてありえない、ましてや嫁に何かをしてもらうなんて~!!!という気持ちがとても強く、毎日2時間くらい歩き、3食自炊し、一人暮らしできちんと自立しています。
ほんとにありがたいことです。
そんな父が、まっすく歩けなくなっちゃったんですね。いよいよ介護かと心配で心配で仕方ありませんでした。なので、入院中、実家でひとり危険個所をチェックしたり、ご飯をレンジでチンするだけで食べられるように炊いておいたり。
何より、汚すぎたので大掃除。
そんなことをしているうちに、そういえば父の命式ってすごかったよな。とかお母さん大変だったよなとか、様々な思いがよみがえってきました。生活ぶりも命式出てるかなと思いながら観察したので、その結果を記録しておきたいと思いました。
まず、父の命式はこちら。

色々すごいんですよね。
まず、そう。癸亥。天将星。とにかくパワーが。
そして、水火激突の天剋地冲。
命式内の天剋地冲。
天が剋し地が冲するという破壊的な働きの組み合わせです。命式内に天剋地冲を持つ人は、自分勝手な人となりを形成しがちです。周囲に破壊を起こすか、自分が苦しむかのどちらかになります。
算命占法(上住節子)より
子供の私の感覚では、まさにこれ。母は破壊されていました。
もちろん、藤井壮太君や社会で活躍している多くの人が天剋地冲を持っています。どんな形で現れるかは人それぞれ。
ただ、父と母の関係はこの説明に1ミリも違わないものでした。
生貴刑
子供や目下の人々との争いを表す。十二支の季節の始まりで勢いがある四勢同士の組み合わせですから、激しいぶつかり合いとなり、この争いのスタート時に起こりやすいとされています。概してこの組み合わせから生まれる働きは、強烈に表面化する形をとって現れます。(算命占法 上住節子より)
母からよく愚痴を聞いたのは、「お見合いで結婚してすぐに、お父さんは転職しようと思って履歴書を書いていた」と。まさに結婚生活の始まりに現れていますね。
それから、「本当は色白の妹と結婚したかったんだ」と言われたと。
これはあくまで母の言い分で父には確認していません。なので、母の被害妄想もあったのかもしれません。
母も年下。そして、子供である私と弟も、決して仲はよくなかった。常に機嫌が悪い父の顔色をうかがっていました。楽しい家庭と思ったことはほとんどありませんでした。
子丑天中殺
父親との縁が薄いので、多くの場合親の仕事は継ぎませんが、本人は、目下の人や子供、部下の人々とともに歩むことによって運を上昇させることになります。(算命占法 上住節子より)
父は長男だったのに、母と結婚してわずかの間親と同居後、家を出ています。長男なのに後取りにはなっていません。怖い、当たってる~!
目下や子供とともに歩むことで運が上がるはずが、生貴刑の影響のためか私たち子供とは全くうまくいかず。職場でも誰かと仲良くしていたという話は全く聞いていません。
命式の中で大きな葛藤があり、本人も苦労していたのかもしれません。
母が亡くなってからよく父と話すようになり、ほんとにすごいパワーの持ち主だなあと思うんです。
例えば、運転免許に関してはすごい執着があり、ありとあらゆる準備をして維持しています。80代の人間がクリアしようと思うと結構大変みたいですね。すごく運転の練習をしてから教習所に行っているみたい。
母がいる頃は全くしなかった料理も、しなきゃいけないとなるとちゃんと研究して、漬物なんかも漬けちゃいます。
床のワックスも一年に一回必ずしてて、顔が映るんじゃないかと思うほどピカピカ。ただし、自分がどうでもいいと思うことは全くやらない。
パワーや才能にあふれた人物だと思うけど、仕事は転々とし、自分の意に沿わない工場のラインであったり掃除であったりしました。好きでやっていたわけでは決してない。働くことは嫌いだったと思います。
そして、家族にも興味なし。
今となっては父もまるくなり、母が亡くなったことで思うこともあったのか、私には優しくなりました。
でも、母は大変だったなーと改めて思います。
あ、そういえば、入院中、執刀してくれた先生とも喧嘩してましたわ💦そんな人です。
喧嘩した先生は、とっても若くて親切で、私にとってはいい先生でした。
なのに父は、「あの若造が生意気言って~!」だそうです。生気刑の影響でしょうかねえ。
実家の掃除 ビフォー&アフター
なんか、愚痴っぽくなってしましましたが、汚いところを瞑想状態で掃除するのはほんとに楽しい。
さあ、やっていきますよ。

このように、収納という概念はまったくなし。当初はそれでもいいかなーと思っていましたが、とにかくほこりがすごい。もうこれはいかんと思い、しまうことにしました。
物が出ている理由は、とにかく流し台の収納が汚くて、物をしまいたくなかったんですね。

キッチン下はすべてこんな感じで、開けたくもない場所です。でも、ここに物をしまえたら流しの棚やダイニングテーブルの上に置かなくてもよくなる。
開かずの扉を思い切って開けて、全て何度拭きか分からないくらい何度も拭いてきれいにしました。
自分でやることの意義は、一見取れていない汚れがあって汚く見えても、「何度も拭いたよな。あれは仕方がない汚れ」と分かることです。きれいにしたんだと納得ができる。
とにかくほこりがすごかった。


高齢男性の独り暮らしなので、物もそこまで溜め込んではいなかったけど、しまえるならそれにこしたことないし、とにかく油と水垢がすごくてすごくて、磨ける状態にしたかった。
そして、アフターがこちらです。

もう築50年近くで、何のメンテナンスもしていないキッチンですから、この程度でしょうかね。母がステンレスにこだわって作ったキッチン。
磨けばもっと光ると思うんですが、父の入院2日間でここまでやった自分を褒めてあげたい。
もっと磨くのはこれからですね。

全体の印象も、かなりすっきりしたんじゃないかと。
今回助かったのは、断捨離はしなくてよかったこと。
父がかなり物は捨ててくれてあったことです。空のキッチン収納を掃除して中にしまっただけなので、そこまで大変じゃなかった。
やっぱり物事がすすむのは断捨離した後だと感じました。
老後を楽に幸せに過ごすには
母はもう10年以上前に亡くなっていますが、亡くなる前の何年かは、脳内出血、脳動脈瘤と二度の手術を経て、最後は心筋梗塞で亡くなりました。
最後の数年は、気力がなくなりお風呂も入らず、歯も磨いていませんでした。
当然、家を掃除するはずもなく、キッチンはすごい状態になっていました。
なので、物がたくさんつまったシンク下や吊り戸棚なんて開けたくもない開かずの扉。
父は少しずつ物は捨てて、とりあえず空にはしてあったけど、汚さまで解消することはできす、収納は使っていませんでした。
当初は綺麗にしていたので、出して管理もありかなあと私も思っていたのだけど、10年以上たち、父も年を取りほこりが目立ってくるようになりました。
今回、父の入院という機会で、いつも動画で拝見している安東る英子さんの「出す収納はほこりがたまるから掃除が大変」という言葉が身に染みました。
今までは、ほこりは嫌だけど、そこまでかなと少し思っていました。
けど、今回高齢者の現状をよくよく観察していると、ちょっとたまったほこりをふく気なんてなったくおきなくんなるんですね。
これは、今までの習慣というか、すごく清潔に生活されていた方はもう当たり前になっているのでそのまま清潔に生活していくんでしょうけど、そうでない方は、負担でしかなくなる。
そうなる前に、本当に物は厳選して、中にしまう。さっとふける環境にする。
絶対にその方がいい。
それに、そんな汚い家、孫は当然来たくないよね。
人に来てほしいと思うならきれいにしておかないと。
誰だって汚いごみ屋敷には来たくないぞ。
私の父は、あまり人に興味がなく、一人が好き。
けど、子供や友人に囲まれて人と楽しく暮らしたいなら、人が来て快適だと思ってくれる暮らしをしていないと誰も来てくれなくなる。
今回は、そんなことを感じた父の手術&入院でした。
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